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週報
Weekly Report

公開日:2023/2/7 第2885回例会  内容:第2884回(2023/1/31)レポート

例会予定

**第2885回例会のスケジュール**
2/7(火)卓話 講師:宗像 富次郎様(東京2020オリンピック大会 サーフィン日本代表監督) 演題:「東京オリンピックでの経験 ~幸福は不幸のかたちでやってくる~ 」 会場:ベルヴィ ザ・グラン

**次回以降のスケジュール**
2/14(火)卓話 イニシエーションスピーチ 会場:ベルヴィ ザ・グラン
2/21(火)休会( 定款の規定により )
2/28(火)卓話 講師:小野内 泰子様 演題:「入間基地の現状について」 会場:ベルヴィ ザ・グラン
3/7(火)卓話 講師:未定 演題:「未定」 会場:ベルヴィ ザ・グラン
3/14(火)卓話 講師:未定 演題:「未定」 会場:所沢商工会議所 会議室

会長の時間

三上 誠 会長

皆様こんにちは。
現在幹事と花見例会&親睦旅行&職業奉仕視察について詳細打ち合わせを行っております。
花見例会は3月28日(火)場所等を再設定させていただいております。
親睦旅行は4月16日(日)-17日(月)にて旅行会社と最終の詰を行っております。
コロナ感染数はまだ多いのですが行事ごとは皆さん食事介して執り行う方向で
すね。ただ一番困惑したのは旅館が大人数での会食する場所が少なく苦慮いたしました。宴会場を最大10名~20名程度の個室にして家族や少人数のお客さんを対象にするところが多くなり部屋だしの食事も復活してきてるそうです。
しかし「仲居さん」の人手不足となり手が無くMAXに予約を受け付けず客単価を上げ事業再構築&働き方改革を行ってるそうです。
中には全館休館日と言う形で有給取得をしたりメンテナンスをしてるそうです。

当社で1年半勤務したパートの職員が退職され有休消化の承認をしなくてはならなくなったとき「一日4時間勤務で週4日」の条件ですと半年過ぎると7日付与されます。なんでこんなに有休消化日数が多いのかなと思い日本の年間休日について調べました。

日本の有休休暇消化率50%で取得日数10日は最低レベルですね。

では年間祝祭日日数15日更に夏季休暇3日年末年始5日取得すると15日と8日加えて23日です。さらに有休休暇取得日数10日を足すと33日で国際的にみて遜色ありません。
有給休暇は最大20日になりますので最大43日になり世界2位になります。
働き方改革では有給取得率にスポットをあてて議論されてますが年間休日数での比較をもって議論しなければ意味がないのではと思われますし日本の生産性&中小企業における経常利益率は確実に落ちてると実感してます。だからGDPにも反映してるのではないでしょうか?
今日は当社で起きた疑問についてお話をさせて頂きました。
最後に10年以上前は「24時間たたかえますか」と言う「リゲイン」のコマーシャルがありましたがくれぐれも行き過ぎはだめです。(笑)

 

幹事報告

淺海 剛次幹事

皆さん、こんにちは、本日の幹事報告をさせていただきます。

【抜萃のつゞりについて】
毎年この時期にお配りしております、「抜萃のつゞり」を配布しております。こちらは昭和6年から発刊されているらしいのですが、新聞、雑誌、書籍などの珠玉のエッセイコラムを抜粋してこちらに掲載されています。すごくいいことが書いてありますので、眠れない夜とかにお読みいただければと思いますよろしくお願いします。


【ロータリーの友2022年12月号・2013年1月号】
今日、ロータリーの友12月号と1月号が配られていると思います。
先週ロータリーの友の発表できませんでしたので、本日、鈴木会員の方から1月号の方を紹介をさせていただきたいと思いますよろしくお願いいたします。


【例会の予定について】
本日はイニシエーションスピーチということで、木下会員と鈴木会員にお願いしております。後ほどよろしくお願いいたします。
来週2月7日、第1例会と翌週14日、第2例会は通常例会となっております。
7日は理事会がございますので、理事役員の方はよろしくお願いいたします。


【例会変更について】
入間ロータリークラブ様より例会変更のお知らせが届いております。
メイキャップされる方は、事務局にお問い合わせください。

委員会報告

クラブ会報委員会
栗田 峰至委員長

皆さんこんにちは本年度クラブ会報を担当しております栗田です。
日頃からホームページを通じてロータリークラブの活動を記録、皆さんに公開してるわけではありますが、先週の会報に一部お名前と役職の誤りがありましたことを報告させていただきます。すでに修正はしておりますので、今後は、その辺のチェックも含めて活動していきたいと思いますので、今後ともよろしくお願いいたします。以上です。

『ロータリーの友』1月号の紹介

広報雑誌委員会
鈴木 崇文さん

皆さんこんにちは鈴木でございます。広報雑誌委員会からロータリーの友の要約させていただきます。
今日2部配られていると思いますが、1月号の方になりますので、よろしくお願いいたします。

【横組】
1ページ目…ロータリーの友が、創刊から70周年を迎えております。その中で1番初めは、ロータリーの友委員会委員長の髙野さんのコメントがありました。少し読ませていただきます。
「ロータリーの友(以下、友)」は、日本における地区が2つに分割される際、互いの緊密性維持と情報共有を目的に、1953年1月3300部をもって創刊。現在、発行部数はと8万9000部を数えるに至っております。『友』は、日本のロータリー34地区のロータリアンのための機関誌として発行されております。というような内容が書いております。

4ページ目…ロータリーインターナショナル会長のジェニファー・ジョーンズさんのコメントになっております。『親愛なる日本のロータリーの会員の皆様へ』と書いてあります。ここも、少し読ませていただきます。
日本のロータリーが100周年を迎えたのは、つい2年前のことです。長年にわたり、日本のロータリー会員の皆様がロータリーのリーダーとして活躍され特に環境プロジェクトへの支援や、最近では、ウクライナでの救援活動において、リーダーシップを発揮されていることを誇りに思います。ご存知の通り、DEI(多様性、公平さ、インクルージョン)は、今日のロータリーの大きな焦点です。ということで、このDEIのところはいろんなとこに出てくる形にはなります。中ほどのところで、日本の若い人たちがロータリーに目を向けるようになり、日本の8万5000人のロータリー会員がさらに増えることを期待しております。ロータリーをイマジンする今年度、私は全てのロータリー会員に「ロータリー・モメント」を思い浮かべてもらうようお願いしております。このようなことでですね、イマジンという言葉が会長の方からは、いくつも出てきております。

9ページ目…こちらも、ジェニファー・ジョーンズさんのコメントが載っております。
居心地の良さと配慮によって絆を結ぶということでロータリーが最近会員に行ったアンケートの結果から、会員満足度を左右する最も大きな要因は、クラブの体験だということです。
クラブがどれだけ居心地よく感じられるかと、クラブの例会がどれだけ意義のあるものか、どれだけ自分が奉仕プロジェクトに関われていると感じられるかで、クラブとの絆を実感し、実感した会員は退会しようとは思わなくなります。
そして、そういう絆から人と人との特別な繋がりと、自分たちの奉仕の影響、インパクトを感じるロータリーモメントが生まれていきます。というような内容になっております。

10ページ目…こちらは、私なんかもこの新入会員の時に色々教えていただいたところになりますが、ロータリーの起源のところが書いてあります。
ロータリーの誕生とその成長で、下のところは、日本のロータリーの起源のとこになっておりますので、確認だけしておいていただければと思います。

11ページ目…こちらは特集として、職業奉仕、月間の特集になりますと、私のプライド、その仕事という内容が掲載されております。

14ページ目…埼玉県では、浦和ロータリーの方がですね、掲載されております。「私もこの地の人」になるということで、ガス会社の方が書いてるという記事になっております。

22ページ目…ロータリー研究会のことが出ております。こちらも11月に開催されたロータリーの、研究会のところにジェニファー・ジョーンズ会長を招いてという形になっております。
初の女性ロータリーインターナショナル会長が就任した。今年度ロータリーにDEI多様性、公平さ、インクルージョンを積極的に取り入れようとする変化の兆しがある。といっ。プログラムの内容になっています。
分科会の中ではこちらDEIであったり、環境と会員の拡大とウクライナへの人道支援と、貧困と教育機会というような内容を討議したとなっております。

26ページ目…こちらは、エンドポリオナウという記事になっております。10月24日、世界ポリオデーに合わせて、日本の各地でポリオ根絶に向けて、色々な取り組みが行われてるという内容になっております。
各地でですねいろんな取り組みがされているという記事でございますので、こちらの方も目を通しておいていただければと思います。


【縦組み】
4ページ目…人間とAIが共生する職業の未期未来の形という記事になっております。こちらも職業奉仕の講演会の講演趣旨になっております。日本経済新聞社の村山さんという方が書いているのですが、この記事と同じような内容が、先日、日経新聞の方にも取り上げられていました。何年前になるでしょうか、ロボットが導入されると、人の仕事がどんなんになくなってしまうのでは?といったような極端な議論がありました。と、その後、実際にロボットが導入された職場では、生産性が高まり、会社の事業が拡大し、雇用が増えたといった事例が報告されるようになりました。という内容で、事例のところが紹介されております。

5ページ目…下の真ん中ほどに、AIのことが書いてありまして、AIなどテクノロジーによって自動化代替できるというのが実態で、一足飛びにその仕事がまるごとAIによって置き換えられるというものではありません。時間やエネルギーをより付加価値の高いところに振り向けられるようになったということです。可能性の幅が大きくなったのです。最も新しい手段は、全て上手に使えばという条件があることを申し添えます。というような内容でございました。人とAIとの融合を書いてあるような内容になっております。興味のある方は最後まで読んでいただければと思います。
20ページ目…ロータリアットワークという内容でございまして、ここで各地のロータリーがどのような取り組みを行っているのかというような内容が書かれております。色んな取り組みをやって地域に貢献しているというのがロータリーの趣旨だと思いますので、こちらのところも参考にしていただきたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

スマイルボックス

スマイルボックス委員会
篠宮 克彦 委員長

三上年度:305,701円

池田 安弘さん
ゴルフ同好会からのお誘いです。2023年開幕戦を女子プロ開催コースの武蔵丘ゴルフで4月25日に開催します。親睦の場ですのでご参加ください。詳細は三浦さんまでお願いします。

栗田 峰至さん
本日早退します。

出席報告

出席向上委員会
市川 雅巳委員長

例会    総数  出席       欠席   %
2884回  59名  33名(Zoom 1名)  26名  61.12%

イニシエーションスピーチ

木下 広敬さん

皆さん、こんちは木下でございます。
私の名前はきのしたひろよし。きのしたは木下です。ひろよしはひろは広い狭いの広い。よしは尊敬の敬と書きます。この尊敬の敬をよしと読むのはなかなかないそうで、学校の国語の先生でも読めなかったと言われることがあります。この名前は私の父がつけたのですが、父が最初母ととで違う名前をつけようと思って、役所へ父が行って役所へ行ったところで父が変えたそうです。帰ってきてかなり夫婦で揉めたそうですけど、もう役所に出しちゃったんで仕方がないということで母が諦めたそうです。

私は昭和39年生まれの8月14日所沢で生まれ、所沢で育ってまいりました。幼稚園はもう地元の梅沢先生のとこの文化幼稚園、小学校はすぐ近くの所沢小学校に行きまして、小学校に入ったころすぐに父が、たまにすぐスイッチが入ることがございまして、急にお前水泳をやれということで、1年生入ってもう間もなかったんですけど、スイミングスクールに通うことになりまた。当時所沢にはスイミングスクールがなくて、幼稚園の妹を手拭いて、小学校1年生でしたけど、田無のスイミングスクールまで片道30分かけて通っておりました。そんなかおかげもありまして、4年生になる頃には、水泳4種目全部泳げるようになりまして、夏の水泳の授業はものすごく楽しかったです。中学に行きまして、所沢中学校に行きました。そこで水泳部に入ればいいんですけど、どういうわけか、間違ってバレー部に入ってしまいまして、なんでバレー部に入ったのか、いまだに不思議なんですけど、たまたま私が当時から身長も高かったせいもあったと思います。。バレー部に入ったところ、たまたま1年生がすごい長身揃いだったもんですから、3年生が引退して、新人選が始まったの頃には、レギュラー3人は1年生というチームになってまして、これはす日に日に比率が変わってきまして、1年生がどんどんレギュラーに入ってきました。たまたま2年生が皆さん、ちょっと小柄な方が多かったもんですから、どうしてもそういう風になってしまったようです。2年生に上が残るには上級生がいなくなってしまいまして、もう1年生チームでずっとやっておりました。上級生が引退して、すごい苦戦したんですけど今度我々の時代になった時には、もうずっと今まで1年生チームでしたから強くていきなり県大会で優勝して、おかげさまで関東大会、全国大会まで進めることができまして、ベスト4まで行きました。いい結果もあるんですけど、たまたま全国大会の予選の時に、修学旅行で予選出ないと全国大会の切符がないんで、もう仕方なく泣く泣く修学旅行行くのを諦めて、そっちを取りました。その反動もありまして、ものすごく練習して、全国大会ではどんどん勝ち進んでとうとうベスト4まで残ったというのが中学時代の思い出あげであります。それから高校にきまして、高校は狭山ヶ丘高校に行きました。たまたまその日が妹の中学の入学式、同日同時刻だったもんですから、私の父が私の付き添いで高校の入学式行きました。その時に当時のPTA会長が所沢の方で、うちの父を見るなりPTAに入れるということで、いきなり副会長から始まって、それがPTA会長になり、その後理事になり、その後理事長になっちゃったっていうのが流れです。なぜうち父は理事長やってたかというとそういう経緯でございます。高校でも同じくバレーをやってましたけど、高校では県でベスト8がやっとでして、なんでここで負けちゃうのかなっていうぐらいどんなに練習しても勝てなかったです。当時、深谷高校はものすごい強かったんですけど、深谷高校のレギュラーは、私が中学の時にやってた、埼玉県の1番北の方に神川村があって、神川中学の人たちだったんですけどその時は我々は勝てたんですけど、高校になったらいきなり勝てなくなりまして、もう何度やっても負けてました。それで、最後は関東大会をかけた試合の時に、レギュラーが2人電車を乗り間違えまして、遅刻して2人いないくて、勝てる試合が勝てませんでした。それまで高3なのに受験の準備も何にもしてませんでした。いきなり負けちゃったもんですから、これから進路をどうしようかということで悩んだところ、たまたま専門学校の冊子を見まして、そこにうちでやってる設備の専門学校がありました。もうここに行くしかないだろうということで、そちらに行きまして、そこにで2年間勉強して、その後、足立区の方の会社に2年間行ってきました。とんでもないブラック企業でした、朝8時半始業時間で帰ってくるのが、プロ野球ニュースが当時確か11時頃でしたけど、それが始まる頃に帰ってこられれば、今日は少し早かったなみたいな。てっぺんを回ってしまうこともしばしばありました。ものすごいところで、途中で私も過労で倒れたりなんかして、さすがに父がもう帰ってこいということで所沢に帰ってきましたら、私の兄弟がもう成長してて、私の部屋がないなかったもんですから、たまたま家の目の前にアパートがあって、そこのアパートに1部空いてたもんですから、私はそこに入りました。2DKだったもんですから、1部屋空いてました。そんな時に、うちの父がロータリーでオーストラリアだかの交換留学生を預かってきまして、部屋がないから、お前のとこに寝泊まりさせろということでつれてきました。最初に来た子はものすごい日本通で日本に来て、弓道部なんか入って弓道をやってたり、日本語もかなり勉強してきましたんですごく楽だったんでものすごいいい子でした。父はそれで味を占めたのかなんか知らないですけど、2年目もまた預かってきまして、これがぶっ飛びの子でして、高校生だからできないこと、体験してみたいことを言ってきて、半年だったですかね、もう何度怒ったかわかんないぐらいの高校生でした。
そのあと消防団に入ることになりまして、今となっては、もうその消防団入って30年経ちます。本部に入って、今、副団長という立場で消防団やっております。いろんな火事の現場も見てきました。1番近いとこで、昨日のお昼からですね、所沢市内4件火事がありました。1件目は牛沼、今ぐらいの時間です。枯草が燃えたとかでした。その後が北野ですか。北野南3丁目でしたかね。で、2棟全焼してしまいまして、3件目南永井でやっぱ乾いてるすですねや、枯草が燃えて、今朝方は中富南でちょうどオザムの向こう北側ぐらいだと思うんですけど、電気ストーブで、これはボヤ程度で済んだんですけど、そんな感じでもう火災があるたんびに携帯が鳴ってなんだなんだと。今はメールが消防署の方から来るがいいんですけど、昔は私分団長やってた頃は、私の携帯に消防署から時間構わず電話かかってくるんですよね。「家事です」で、「出た方がいいんですか。」って「お任せします」って夜中に電話かけてきて「お任せします。」はないだろうと思って、それだったら言ってくれって言ってくれた方がすごく気が楽なんですけど…夜中に何度も出動したのは、今となってはいい思い出なのかなって、翌日全然仕事になりませんけど、いい思い出なのかなと思っております。この中でも消防団やってた方、何人もいらっしゃると思うんですけど、その分団から本部へ上がるとすごく本部っていうのは、対外的な付き合いが多くて、そっちの付き合いがかなり多くて、副団長になるとすごい多忙です。団長は今の団長は埼玉県消防協会の県会長も兼ねております。団長が回らないのは全部副団長が行けということで、副団長4人ですけど、4人で今てんてこまいして、分団の世話とその対外的な付き合いとでてんてこまいしてるとこです。ここで年度末になって、また人事でどうしようかというのを頭を悩ませるのが今、消防団の1番悩みでございます。消防団っていうのは、所沢の中で10個分団ありまして、1・2・3分団がいわゆる旧所沢町のこれはみんな旧町分団と呼んでます。4分団が松井。5分団が富岡。6分団が北野。7分団が山口。8分団が吾妻地域。9分団が柳瀬。10分団が三ヶ島といって、各分団に30人体制で、詰所を1つずつ持っています。かなり新型の普通の消防車で使うCD1っていうポンプ車を1台ずつ持っております。この消防車は15年に1回。市の方で入れ替えてくれるんですけど、大体15年経って走行キロ数見ると8000キロぐらいしか走っていません。これ、中古でどこ持っていくのって業者に聞いたことがあるんですけど、大抵が東南アジアへ持っていくそうです。震災の後はちょっと東北に回したのもあるみたいですけど、そんな消防団生活を今もやっております。あと、何年やったらいいのかなというのが、いまだ今の悩みでございまして、次でやめられるかどうなのかっていうのがなかなか厳しいところでございます。消防団のはそのそこまでにしまして。
ここで、三上会長の知らない世界ということで、色々考えてたんですけど、1番業界のことがいいのかなと思いまして。最近、稀にあるんですけど。うち設備いわゆるガスから給排水空調までやってもらおりまして、トイレが詰まったというのは、日常茶飯事であるんですけど、その中で同じうちの同じトイレが何回も詰まる。で行ったことがあります。最初我々もトイレが詰まった時は、いわゆるすっぽんで最初はやって、これで流れない時には、便器を外すんですけど、それでスポンスポやってるうちに流れて、何回もテストしても流れるから、治りました。と言って帰ってくるんですけど、またしばらくするとまた詰まってるとで向かいました。こういう時に気を付けたい2つのワードがありまして、社員にもこの2つのワードは気をつけるように。と言ってあります。1つが最近流行りの「節水便器に変えました。」という言葉と、あともう1つが家族の中に「いわゆる血糖値の高い方、糖尿病の方がいらっしゃる」とトイレが詰まりやすい。これはなぜかというと、その血糖値の高い方のまいわゆる。ごめんなさい、お食事中に申し訳ないのですが、そこで節水便器って大体4リッター。ペットボトル2本分しか流んないんですけど、いわゆる尿が水あめみたいな尿が出る方がいるで、その方が流すと途中で尿が置いてかれちゃうんですよ。この尿がどんどんどんどん堆積して、最後ペーパーを流した時に詰まるということがありましてす。ですから、節水便器はま確かにいいんですけど、節水便器にして、水が節水できて、水道代が安くなって安くなったって言ってたら、トイレの詰まりでそれ以上取られたという風なことがございます。よくお客様にも言うんですけど、血糖値の高い方は2回3回流してください。ちょっと水が無駄でも出ないと途中詰まってしまいます。詰まってくると、高圧洗浄の業者を呼んで、高圧洗浄をかけ1回配管を綺麗にしないと始終詰まってしまいます。私も1回便器外してどんなんだろうと思ったら、もうちょうどスライムみたいな感じのものがぐっちょりいて、ドライバーで触ったのですが、本当に水飴のちょっと硬いようなものがこうとろっとこうついてくるんでこ、本当に水飴だなと思いまして大変な思いをしました。人の尿ですからね、ちょっとプロでもちょっと触れないんですよね、やっぱり私もですから、ドライバーで触ったりして、わ、すごいなと思ってました。そんなことがありますので、節水便器がいけないというわけじゃなくて、そういう持病や病気の方がいましたら、2回3回流していただければ、つまらないかなということでございます。大変まとまらない話ですが、ご清聴ありがとうございました。

鈴木 崇文さん

それでは、皆さん、こんにちは、SMBC日興証券の鈴木でございます。
伝統のある所沢ロータリークラブ様で入会させていただいて次の4月でもう2年になります。
今日はイニシエーションスピーチということでお時間いただきまして誠にありがとうございます。

 私は今現在北区の赤羽といったところに住んでおります。大体1時間15分ぐらいかけてこの所沢に通ってきてる次第でございます。
赤羽にマンションを買ってもう17年ぐらい経つんですが、大体我々転勤族がマンションや家を買うとすぐ転勤になるよってよく言われるんですが、案の定買って1年半ですぐ転勤になりまして、14年間ぐらい他人の方に貸していたという状況でございます。2年半前ぐらいに戻れたんですが、新築で買ったマンションは戻った時はもう大規模修繕中ということで、いきなりちょっと古くなってしまったという状況でございました。
 皆様赤羽というとどのようなイメージお持ちでいらっしゃいますでしょうか?赤羽というとよく、テレビなんかでも、雑然としたイメージ、昼間から飲んでるような方がいるというような報道がされますのでそういうイメージお持ちなんではないかなと思うのです。実際、私も赤羽支店に勤務しておりまして、本当に駅の周りは本当にごちゃごちゃと雑然とした飲み屋ばかりがあるような状況でございました。私が住み始めた頃は近くには非常に古い団地がありまして、お世辞にも治安のいい場所とは言えなかったような状況でございます。住みやすい場所ではなかったですし、非常に治安が悪いというイメージがありました。中学校の卒業式には警察が待機してるというようなところでございまして、妻と結婚した後にこういったところに、自分の子供は通わせられないねというような話をしてた覚えがあります。でも、14年ぐらい経っていざ戻った時は、今度はもう古い団地が一切取り壊されておりまして本当に綺麗なマンション群になってたという状況でございました。子供はその中学校に通ったんですが、校舎も建て替えられていて地域のモデル校というところで、非常に安心して通わせられたというようなところでございました。
なかなか皆さんも赤羽に降り立つということはないかもしれませんが、ゴミゴミと雑然とした飲み屋街はいまだにありまして、よくせべろと言われてるような飲み屋街がいっぱいあります。その一方で綺麗な住宅地なんかもある。非常にミックスした街になっておりますの。機会がありましたら途中下車していただければと思います。

 生い立ちの話をさせていただきます。私の出身は、栃木県の鹿沼市というところになります。家の周りは本当に田んぼばっかりで、近くにゴルフ場もあります。園芸の鹿沼土ってご存知ですか?鹿沼土の採取をするような場所があったりと、非常に田舎です。文化幼稚園様のホタル例会に参加させていただいてホタルを久しぶりに見させていただいたんですが、小さい頃は家の周りもホタルが普通にいたなというのが感想としてありました。そのような田舎なんですが最近自慢できるネタが2つほどできまして、1つが、甲子園で優勝した作新高校出身で西武ライオンズ今井投手が私が出た小学校の後輩でございまして、私も野球をやってたものですから、勝手に自分の後輩が活躍してるということで、勝手に自慢をしております。ちょっと去年は活躍しなかったので、今年は期待してる次第です。
もう1つのこっちは小さい自慢なんですが、崎陽軒のシュウマイって皆さんご存じだと思うんですが、ここの創業者の方がこの鹿沼市出身ということで、鹿沼シュウマイという名前で売り出しております。ただ、全く知名度が上がってないんですが、で、それが最近少しずつテレビに出るようになりまして、ほんのちょっと知られてきたといったのが、小さい自慢ということになります。高校までは地元の栃木にいたんですが、大学は石川県の金沢におりました。皆様、日本海側に住まれた方、もうご存じだと思いますが、もうこの季節は毎日雨とか雪というところで、たまに晴れてるとそれだけで嬉しかったという覚えがあります。大学時代は移動手段がバイクと自転車しかなかったということもありまして、この季節は本当に家に引きこもっていてゲームばっかりしてたというような思い出があります。金沢は本当に食事がものすごくおいしい町でございまして、魚介類が非常に美味しいところでございました。会社に入ってからも静岡であったり、あと千葉であったり、高松であったり、海の近いところにも住んだのですが、やっぱり金沢が1番美味しかったなっていう印象を持っております。住んだ中で1番魚がダメだったな、ちょっと今1つだったなって思うのは、やっぱり地元の栃木がやっぱり1番ダメでした。スーパーの鮮魚コーナーとかに行っても圧倒的に貧弱でした。スーパーの鮮魚コーナーを見ていただければ、もう本当土地土地でもういろんな魚の種類もありますし、違いがあるのが分かりやすいので見てみると面白いコーナーだと思います。大学を卒業しまして、当社、日興証券に入りまして、現在まで働いております。皆さんもご存じの通り当社は全国に本支店がある会社になります。当社はこの埼玉県が発祥の会社になります、所沢ではないのですが、川越の北の川島町にある川島屋商店というところからスタートしております。今も遠山記念館という名前で、創業者のご自宅が保存されてございます。その後、この会社が日本興業銀行、今のみずほ銀行とここの証券部と合併しまして、日興証券、日本興業銀行から日興証券という名前が取られております。その後三菱銀行の資本が入りましてですねいつの間にか、三菱系の会社になりまして、それが山一証券が破綻した時に今度は当社の危機があったということで、アメリカのシティグループという会社が救済してくれたということもありまして、いつの間にか外資系の会社になりました。そうしたら今度はリーマンショックがありまして、リーマンショックの時に今度はシティグループ自体がおかしくなってしまったということで、最終的に入札の末、三井住友銀行が落札しまして、当社の方は三井住友系の会社になったというとこでございます。初めはもう独立系から始まったのですが、三菱系になって、外資系になって、最終的には三井住友銀行系の会社という形になって、つくづく、経済って本当にお金資本によって左右されるというのが実感できるような会社になっております。会社に入ってからは、地元の栃木の宇都宮支店で8年で、その後赤羽支店で2年働いておりまして、その時は初めは蕨に住んでおりました。その時に結婚したものですから婚姻届を蕨市役所に出しまして、本籍の方も蕨に移したというとこでございます。結婚式も大宮でやりました。それまであまり縁のなかった埼玉県と非常に身近になったという次第でございます。その後本社勤務であったり、静岡支店、津田沼支店、高松支店本店ともあって2021年からこのと、今所沢支店に赴任しているという状況でございます。この所沢で初めてロータリーの方に入会させていただきまた。それまで支店を回らせていただくと、私どもは業者とお客様という関係しかなかったのですが、このロータリーは、皆様のところもそうだと思うんですが、このロータリクラブの考えも非常に地域を良くしようという考え方だと思いますので、非常に素晴らしいものだと思いますので、我々こう転勤するものだと長く1つのロータリーに参加させていただくということができないと思いますが、できるだけ吸収させていただいて、貢献の方をできればと思っておりますので、ぜひよろしくお願いいたします。

 三上会長の知らない世界というところですが、先週幹事報告の話の中で四国遍路を世界遺産にという話がありました。私も四国の高松に3年半ほど住みまして、非常に良かったものですから、その3年半の間に形だけでも、お遍路さんということで88か所回ったということもありまして、その話を少しだけさせていただければと思います。
 四国遍路は弘法大師空海のですね真言宗のお寺を回ります。徳島県の鳴門市の1番目の1番正の霊山寺から88番の香川県の大窪寺といったところをまわるります。本来は歩いて回るというところなんですがそんなのはやっぱり無理で、車で回った次第だったんですが、車でも3年間かかったというところでございます。4年に1回うるう年の年は逆打ちと言いまして、通常の1番から徳島、高知、愛媛、香川の順で回るのとは逆に、反対側の香川の88番箇社箇所から回ると3倍利益があるという風に言われております。ちょうど、私もうるう年にはじめて、逆打ちだったということもありまして、ちょうど終わった時にちょうど終わった時に、この東京に戻れるという辞令が出ましたので非常にこうご利益はあったのかなと思っております。、内容の方を話しても仕方がありませんので、印象に残った寺院のとこだけご紹介させていただきたいと思います。1番と88番あとですね75番の善通寺、ここは弘法大師が生まれた寺院です。四国最南端の足摺岬にある、38番の金剛福寺があるんですが、この4つの寺院は本当に観光地のお寺です。非常に観光客の方も多くて、それだけすごく立派になりますので行く価値はあるんではないかと思っております。それと81番のお寺にですね白峯寺というのがあるんですが、で、ここは瀬戸大橋のある坂出市というところの五色台の白峰山というところにあるんですが、名前も示す通りちょうど紅葉の時期に行ったということもありまして、非常に綺麗なでした。ぜひ足を向けていただきたいと思います。最近NHKの大河ドラマで、崇徳上皇が島流しにあいう方が、最終的に住まれた地になります。こんなところに人が流されたんだっていう感慨深いお寺にもなりますので、もし行くような機会がありましたらそちらも足を運んでいただければと思います。それと、香川と徳島にはロープウェイとケーブルカーで、上る寺院が3つあります。特にロープウェイで行く2つは
瀬戸内海へ一望できる寺院であったりで、徳島にあるロープウェイで登るとこは、本当に何もない田舎の中にロープウェイの駅があって、山頂からは四国山地の山並が非常に綺麗に見えるようなところになります。非常に印象深いところだと思いますので、行く機会がありましたら、ぜひ乗ってみていただければと思います。香川、徳島は寺院の間隔も短いので、非常に行きやすいというのもあるんですが、一方で、愛媛と高知の方は間隔も非常に長いですし非常に遠いのでなかなか行きにくいです。実際行ってみると、非常に小規模な寺院が非常に多くて、こられてる方も本当に白装束のガチのこのお遍路さんばかりというとこになります。回られる方は皆さん御朱印帳というのをお持ちになって回っています。私なんか半分スタンプラリーみたいになってしまいました。ご朱印帳はどこの寺も300円で統一されておりまして、あと、回られる方は掛け軸、納経軸というものを持って回られる方もいるんですが、こちらに御朱印を書いていただくと500円と統一されております。この88か所巡りは何度も何度も行かれてるという方も非常にいらっしゃいまして、そういった方は同じご御朱印帳で回られるということで、同じお寺に行ったら、同じところに書いていただくものですから、何度も言ってらっしゃる方は本当に黒く塗りつぶされてるような方なんかもいらっしゃるということです。それと、お遍路のさんでは、お接待と言って、休憩場所なんかを提供しているというようなところもあると取り上げられてるんですが、実際車で行くとそういったところに出くわすことは全くありません。四国に行った時の話をさせていただきました。以上になります、ありがとうございました。
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